2006年05月19日

コミュニケーション

ことばを交わすよりも
カフェオレみたいに溶け出して
器の中で混ざり合いたい。



言葉なんてもたなければ



言葉でしかコミュニケートできないなんて



声がきこえるのに



簡単なことなのかもしれない



カフェオレをかき混ぜるのにスプーン以外何も要らないでしょう。

posted by イエフォクアラワグス。 at 00:38| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

一言

なんでこんなことをずっと覚えているのかということが良くある。
その一つがこんな問題。




頭上から大きいものが落ちてきました。
それに潰されるともちろん下にいた人は死んでしまいます。
下にいる人に「一言」かけるとしたら
1〜4のどの言葉であれば一瞬の判断で下にいた人は避けられるでしょうか。


そんなような問題がたしか平成教育委員会に出てた。


1「走れ!」
2「逃げろ!」
3「危ない!」
4「上!」

(時間的余裕が無いため例外「上から何か落ちてくるぞ」)






ちなみに4番の言葉をかけると「ん?上に何かあるのかな?」と上を見上げてしまうものらしい。
もちろん見上げた瞬間には人生最期の瞬間です( ゚Д゚)ヒョエー


さらにちなみにこたえは忘れました(笑)
(´Д⊂グスン
posted by イエフォクアラワグス。 at 23:16| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

自身という器があって
自分という中身がある。
身体の中に満ちているものがある。


自分の目が、自分を外から見つめているような時
身体と心がなじまないで
どうにも他人のもののよう。


その時、自分という人間の
存在を感じるが
ついに見ることはできない。


それは、一固体ではなく
何千、何万、何億といる人間の
それらひとつひとつの器の中に
中身が入っているのか。


それが当然であることに
改めて気付く。


世の中には自分が溢れているのか。
posted by イエフォクアラワグス。 at 00:51| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | コトバメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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